占星術と神に関して思うこと(約1,200字)

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前記事で古典占星術と近代占星術の違いについて
個人的な感想を綴ってみたのですが
あのあといろいろと調べたりもして
一番印象的だったのは
その世界観とでもいうべきものでしょうか。

地球上に人がいて
天界に神がいるその間に
地球から近い順に月、水星、金星、太陽、火星、木星、土星が
地球を取り巻くようにしてそれぞれの惑星の世界を形成している
という図でした。

いやこの惑星の並び順
太陽系のそれと全然違うじゃないか
それと外惑星(天王星、冥王星、海王星)ないじゃんと
ツッコむことはできるのですが
それ言い出すと
今のインド占星術だって
7つの惑星(+ラーフ&ケートゥ)だし
なにより当時
高倍率な天体観測機器もなかったことを思うと
その時代の人々がどうにかいい暮らしをしたいと思って
できる限りの観測と検証を重ねて体系化し
普遍性をもって活用できるようにした訳で
そうすると占断においても
古典占星術を使う場合は
というか、どの占法を使うにしても
そういう世界観を認識しておくに
こしたことはないのだろうなと思いました。
(世界観を理解することで、
細かい占いの決め事がなぜそうなのかをわかる利点もあります)

あとは神の存在でしょうか。

当時の時代に生まれ生きていく際に
天候の変化や災害や疫病への対応が
今ほど早くデータ収集と分析を対応することも出来ず
またそれを防御する医学、建築学その他いろいろな学問も
相対的に稚拙なものが多かった以上、
(あるいはバベルの塔以降)
神はいないと言い切る概念自体ない中で
生きる指針としての
古典占星術なのだということ。

わたし個人の人生として
一神教はあまり良いイメージを
持てなかった時期がありましたが
そういった個人の狭量な視点を外して
もっと客観的に(あるいは私怨を捨てて)
淡々とホロスコープ、
ひいては実践の際に
クライアント様のお悩みや人生を
拝見させていただく際の
スタンスをどう取ればよいか

占いの術なり学なりを積みつつ
その見直しはずっとしていくのだろうと思います。

なぜなら、
古典占星術が発祥した当時とは
比較にならないほどの発達を見せた現代だって、
世界的に爆発した流行に人は「未然の」対策を打てなかったし、
未だに神の存在は語られるし

そういった意味で占術も
もう少しの間、
必要とする人がいらっしゃるのだろうと思います。

新約聖書の黙示録の記載ですと
この世の終わりには、神を惑わす者は永遠の命を手にできないとされ、
その中に占い師も入っておりますが、
神がもし愛であったら
そもそも自身が創造した人間を地獄に落として苦しめるという
エンディングはあるのだろうかと思い、
多分文字通りに読むのではなく、
それは何かの比喩であろうと思うのです。

宗教に限らず往々にして行き過ぎた主義主張は断罪に走ることがありますが
それだったら旧約聖書の中にあるノアの方舟の話で
方舟に乗らなかった人はみんな死んじゃった

時代を超えて変わってねーじゃん

と思うのです。

お読みいただきありがとうございます。

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